「さあね」
太陽が大きな声でそう言って、教室を出て行った。他に残っていた奴等も太陽の背中を見ている。そして何か、ひそひそ話をしている。
(あいつ・・・)
僕は初めてヤバい奴にヤバいことに巻き込まれたのかも、と思い始めた。確かに僕はあの時太陽の恥ずかしい姿、本当の太陽を見た。太陽は僕が好きで、僕の奴隷になりたいということを知った。それは太陽を僕の奴隷にして、好きなように使えるということだ。実際にあの日、公園で太陽にしゃぶらせて精液を飲ませた。でも、太陽にしても、僕に見られて僕にお尻に手を突っ込まれて、しゃぶらされて精液飲まされたということだ。それを太陽がみんなに言えば僕が変態だということになる。
(マズいことになったのかも)
ホームルームでのことを考えると、太陽はあのことを言われてもいい、いや、むしろ言って欲しいって感じだった。しかも、本気で。
(あいつの口を封じないと)
でも、どうすればいいのか分からない。誰かに相談する訳にも・・・・・いや、相談出来る相手はいる。佐伯さん達だ。あの時、僕から連絡するつもりはなかったけど、連絡先を交換しておいた。太陽とのそういう関係は佐伯さん達の方が長いし、ひょっとしたらどうすればいいのか教えてくれるかも知れない。
その日、家に帰って佐伯さんにLINEしてみた。

すぐには返事は来なかった。
夜遅くなってから、返事が来た。
『つまり、君にもっと虐めて欲しいってことだろ』
長いやり取りの最後に佐伯さんに言われた。
『君も覚悟を決めなきゃならないんじゃないか? ご主人様なんだから』
太陽を虐める覚悟。ご主人様としての覚悟。
『そんなこと言われても、何すりゃいいのか分かんないです』
『中学生ならそうだろうな。でも、あいつは並の中学生じゃないからな』

要約すればこういうことだ。
太陽はどMで、本気で僕の奴隷になりたいと思っている。そして、自分の人生が終わってもいい、とすら思っている。だから、あのことをバラされても平気だし、むしろバラされたいと思ってて、そんな変態太陽の欲望を満足させてあげられるよう僕は太陽を虐めなきゃならなくて、それが出来なかったらあのことをバラされて、僕も太陽も終わりだ、ということだ。

(それって、覚悟がどうとかの問題じゃないだろ)
僕にとっても、太陽にとっても人生が終わるかも知れない、そんな話だ。
(そんなの、無理だよ)
僕は頭を抱えた。

その日の夜は全く眠れなかった。
翌日の学校では、席が替わったお陰で太陽の背中を見ずに済んだけど、代わりに太陽の視線を一日背中に感じるようになった。
あの太陽の・・・あの、人生終わってもいい、というど変態の太陽の。

今度は昼休みに僕が太陽を屋上に連れ出した。
「今日はなにをする?」
太陽は嬉しそうだ。ご主人様に誘われる、ということはそういうものなんだろうか。
「太陽はさ、怖くないの?」
僕はゆっくりと切り出した。
「なにが?」
「その、あんなことしてるの、バラされるの」
「諒君にバラされるのなら全然。むしろ嬉しい」
ほぼ想像通りのことを言う。
「でも、友達にも部活の奴等にも、先生にも親にもバレるんだよ?」
「いいよ、別に。諒君は元々知ってるんだし」
それは、つまり・・・
「僕がいればいいってこと?」
「だから言ったでしょ、俺は諒君が好きだし、諒君の奴隷だって」
太陽に肩を掴まれ、背中を壁に押し付けられる。
「俺は諒君だけいればいい。諒君にも俺だけ見て欲しい」
僕は思わず言った。
「無理っ」
太陽の手から逃れようとした。
「なんでだよ。俺のご主人様だろ?」
周りにも聞こえるような声だった。
「僕には僕の生き方がある。太陽みたいな変態じゃないんだから」
何人かが僕等の様子に気付いてこっちを見ている。でも、たぶん何の話なのかは分からないだろう。
「そんなの・・・」
そして、僕の肩を押さえたまま、太陽がキスしてきた。
「うわっ」
誰かの声が聞こえた。
「やめろっ」
僕は顔を背けながら本気で太陽の体を突き飛ばした。でも太陽はまた僕にキスしようとする。背中を向けて逃れようとしても、そんな僕の足を払って仰向けに倒されて、僕の上に乗り掛かってまた顔を近づける。そんな僕等の周りに何人か集まってくる。みんな僕等のクラスの奴等だ。
「なにやってんだよ」
一人が太陽の体を押さえようとした。太陽はそいつを殴り、また僕にキスしてくる。僕が顔を背けると、手で僕の股間を弄ってくる。
「諒君、好きだ」
大きな声で叫び、口を近づける。
殴られた奴が立ち上がり、太陽を殴り返した。他の奴等が太陽を羽交い締めにする。ようやく僕は太陽から逃れる。太陽が僕を睨む。
「絶対、絶対・・・」
太陽を押さえていた奴等が太陽を引きずって校舎の中に戻っていく。
「大丈夫?」
一人が僕に尋ねる。
「なにがあったの?」
別の奴が尋ねる。でも、僕は何も言わなかった。

すぐに僕と太陽は呼び出された。
「なにがあったか説明して下さい」
担任と、生活指導の先生の二人に問われた。
「別に・・・ただの口論です」
太陽が何か言う前に僕は言った。
「つかみ合って殴ってたって聞いたけど?」
あの時、僕にキスしようとした太陽を誰かが殴った。それは覚えてる。でもそれは僕を助けようとしてのことだ。太陽だって殴り返したけど、それも喧嘩というより、行き掛かり上そうなったって感じだった。
「僕は殴られてません」
先生が太陽の顔に顔を近づけた。
「中田の顔、赤くなってるのは?」
「じゃれてただけです」
太陽が言った。僕は慌てて付け加えた。
「あの、えっと、ちょっとからかって、つかみ合いみたいになって、そしたら周りに人が集まってきて、僕等が喧嘩してるって思われて、止めようとした奴の手が太陽の顔に当たったりして、そんな勘違いというか、なんというか・・・ねぇ」
太陽に顔を向ける。
「俺は安達君のこと好きですから、殴ったりしません」
ちょっとドキッとした。
「喧嘩、ということじゃないんだね?」
「はい」
二人揃ってうなずいた。
「分かった。じゃあ、なにがあったのか、それぞれ今日の放課後までに書いて提出すること」
そして、紙を渡された。

その紙には、ちょっとお互いのことを話していたら言い合いになっちゃって、それであんなことになった、という内容を頑張って水増しして、紙1枚分を埋めた。
「変なこと書くなよ」
放課後、まだ何か書いている太陽にそう声を掛けて、僕は先に帰る。
「諒君こそ、嘘書くなよ」
『嘘』という言葉が少し引っかかった。
(なにを書くつもりだ?)
立ち止まって太陽の方を振り返る。
「ほら、帰れよ。俺はこれ出したら部活だし」
なんだか、少し僕等の関係が冷えてしまったように思う。もちろん、僕としてはそれでいいんだけど。

翌朝、学校に行ったとたん、先生に生活指導室に呼ばれた。担任の先生と僕の二人きりだった。
「本当はこういうことはだめだけど、ちょっと内容が内容だから」
先生が紙を僕に差し出した。それは小さな字でびっしりと埋め尽くされていた。
それを読む。驚いた。あの時、あの金曜日の放課後、太陽が何をされたのか、僕が何をしたのかが事細かに書いてあった。太陽が僕を好きだということや、太陽が僕の奴隷になりたいということも。
「中田の妄想・・・だよな?」
時間を掛けてそれを全部読んで顔を上げた僕に、先生が尋ねた。
「全部ホントのことです」
僕は正直に答えた。先生はしばらく無言だった。
「まさか・・・な」
動揺したのか、少し声が震えていた。
「こんなこと・・・ご両親はご存じなのか?」
「太陽の?」
先生がうなずく。
「知ってる訳ないですよ」
と答えたものの、ひょっとしたら知ってたりするのかも知れない、と思った。あの太陽だから。
「これは、虐待を受けていたことの告発文、と受け止めていいのかな?」
「太陽は、自分から望んで虐めてもらってるんです」
僕は知る限りのことを先生に打ち明けた。
太陽は強姦されたいと思っていたこと、太陽の方から男の人達に強姦してほしいとお願いしたこと、何度もああいうことをしているということ、あの日、僕は何も知らずに太陽にマンションに連れられて行ったこと、そのマンションで行われたこと、そのマンションで僕がしたこと、興奮したこと、太陽が気持ち良さそうだったこと、太陽が嬉しそうだったこと、そして、その後僕が公園で太陽にさせたこと。
「そうか・・・」
先生がもう一枚の紙を取り出した。僕が書いた方の紙だ。
「君が書いたことは全然違う」
先生が見比べながら言った。
「いえ、違ってません」
また僕は先生に打ち明けた。
太陽が書いたことは全て事実で、みんなが知らない太陽を知ってしまったこと、太陽は僕の奴隷として僕に虐められたいと思っていること、僕はそういうことは出来ないということ、それを太陽に言ったこと。そしたら、太陽は僕に無理矢理キスしようとしてきたこと、そこであんな風になってみんなが止めてくれたこと。つまりは、『お互いのことを話していたら言い合いになっちゃって、それであんなことになった』ということだ、と。
先生は無言だった。やがて、ぽつりと言った。
「少し、理解するのに時間をくれないか?」
「たぶん、理解出来ないと思いますよ」
僕は先生の顔を見て言った。

教室に戻ると、もう授業が始まっていた。先生は何か聞いていたのか、僕が遅れて教室に入っても何も言わなかった。席に座る。チラリと後ろの方に座っている太陽を見る。太陽も僕を見ている。
(お前があんなの書くから・・・)
少し腹が立った。でも、それが何に対してなのか分からない。僕を巻き込むことになると分かっていながら本当のことを書いたからなんだろうか。もう今更取り繕うことは難しい。このまま僕等はどうなっていくんだろうか。
当然、授業には全く集中出来なかった。

授業の後、太陽が声を掛けてきた。
「遅かったな」
顔は笑っている。
「太陽があんなの出すからだろ」
太陽は大体察しているようだ。いや、こうなるように、あれを書いて出したんじゃないだろうか。
「正直に書いただけだよ」
「正直すぎる」
周りには何人か同じクラスの奴がいる。ここではこれ以上の話は出来ない。僕等はまた屋上に上がった。
「先生、なんて言ってた?」
「理解するのに少し時間をくれって」
「ふぅん」
太陽にも分かっているんだろう、時間を掛けても理解出来ないだろうということが。
「じゃ、次は俺が呼ばれるかもね」
そうなったら、あの紙に書ききれなかったこともきっと話すんだろう。僕に腕を入れられて、それを抜かれた時に射精したとか、その時に僕も同時に射精しただとか。そして、たぶん・・・
「話したいんでしょ、恥ずかしいこと」
太陽は僕を見て笑うだけだ。
「ど変態がっ」
僕は吐き捨てるように言った。それでも太陽は笑っている。それが嬉しいから笑っている。
「じゃあさ、どうすればいい?」
太陽が僕に尋ねた。
「なにも言うな。あの人達ともそう約束したんだし」
「ふうん・・・じゃ、なにも言わなかったら、諒君はなにしてくれる?」
(太陽ってこんな性格なんだっけ)
まぁ、今まで太陽の表面しか知らなかったのは確かだ。仲の良い友達ではなかったんだから。
「なんにもしない。そういう関係じゃないんだから・・・って言ったら?」
太陽はまた笑う。
「じゃあさ、キスしてよ。今回はそれでなにも言わないようにしてやるよ」
「なんで奴隷のお前が決めるんだよ」
太陽に主導権を握られるのに腹が立つ。
「なら、ご主人様の諒君が決めてよ、ご褒美を」
「ご褒美か」
日曜日にネットで見た動画、その中でご褒美といって奴隷にさせていたことを思い出した。
「僕の・・・おしっこ、飲ませてやるよ」
太陽が僕を見た。
「ホントに?」
「うん」
(ああ、やっぱり太陽は変態だ)
正直、断られるだろうと思った。でも、太陽は顔を輝かせている。
「嬉しいの?」
「そりゃあ、ご主人様が俺を便器にしてくれるんだし」
「おしっこだよ?」
「うん」
(ひょっとして・・・)
あの大人の人達に飲まされたことがあるのかも知れないと思った。
「今までに飲んだ事あるの?」
「ないよ、初めて」
嬉しそうに言う。
「初めて飲まされるのが諒君のおしっこなんて、最高に嬉しいだろ」
やっぱり太陽は理解出来ない。
「約束だからね」
なんだか子供が玩具を買ってもらうときみたいな無邪気な喜び様だ。
そして教室に戻る。授業が始まる。背中に太陽の視線を感じる。
(誰か、助けて)
僕はその視線に狂気のようなものを感じていた。

「呼ばれたよ、放課後来いってさ」
太陽が嬉しそうにそう報告してきたのがお昼休みだった。僕等はまた、屋上で話をしていた。
「俺、なにも言わないから」
「ホントになにも言わなかったって、先生に確認してからね」
実際には、そんな確認なんて出来ないだろうと思う。僕は人におしっこを飲ませるなんて異常なこと、やっぱり出来ないと怖じ気づいていた。
「録音するよ」
太陽がスマホを取り出して言った。
(その手があったか)
確認出来ないことを口実に、約束の実行を先延ばしにして、いつかうやむやにしようと思っていた。でも、それも出来ないかも知れない。
「どっちにしても、先生が僕等をどうするか、それが決まってからだ」
「それでいいよ」
意外にも太陽はすんなりとそれを受け入れた。
「どう決まっても同じだし」
「どういう意味?」
太陽はまた笑う。
「俺は爆弾を持ってるから」
具体的にどういう意味なのかは分からない。でも、何となく分かる。どんな処罰が決まったとしても、太陽はそれに従うつもりなんかないんだ。太陽はただ、僕の奴隷となって僕に虐められたいだけなんだ。そのためには自分を捨てる覚悟は出来てるし、だからあんなことを書いて提出した。そして、自分以外の誰かがどうなっても構わない。その『自分以外の誰か』の中には恐らく僕も入っている。僕の奴隷になれないのなら、僕を含めて誰がどうなっても構わないと思っているんだ、あいつは。それがあいつの言う『爆弾』なんだろう。

数日後、僕はまた先生に呼ばれた。


      


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